在り方探し。

いわゆる雑記ブログです。

去年の11月24日、嫌な日と、ストレッサーと救いの作品(音声あり)

三日目の過去の日記です。

 

どうやら一年前の今日は仕事で嫌なことがあったらしくかなりピリピリしていたようです。

 

 

気持ちを表す色は紺色の「苦しい」でした。

 

1.何があったのですか?

 

腹が減っているはずなのに食欲が全く無い。
楽しみにとっておいた目玉焼きですら食べたいと思えなかった。

 

書いたのは確か夕飯時。

昼飯の後にも当然仕事をしているので腹は減っているはずなのに、真っ暗な部屋で死にそうな目をしながらスマホの画面をコツコツ叩いていました。


原因はたぶん(原因になった方の名前)。
ずっとピリピリイライラしているせいでこっちも疲れてくる。
加えて、早く帰っていいと言ってもらったのに、自分は要らない奴なのかとマイナスに感じてしまっている。

 

特定できそうな情報だったので名前は伏させてもらいました。

そもそも、この方のイライラの原因である俺が言えたことではないのですが、イライラしている時というのは、自分本意になるのが常のようです。

加えて、当時からスズメの涙ほどの自信で仕事をしていたせいで、ちょっとでも仕事を任せないような態度をとられると、自分はいらない奴なんだとふさぎ込むような日々でした。


多分このたった二つのストレスのせい。
またクビになるだろうか。
なるだろうな。
なるならむしろ早くそうなってほしい。つらい。

 

 

たった二つのストレスのせい。

当時も今も、俺以外の普通の人は、激甚なストレスにさいなまれ続けてようやく心が壊れるというほど、強靭な精神を持っているものと思っていたので、ここでは「たった二つの」ストレッサーと言っています。

実際のところどうなのでしょう。

俺には普通の人の考え方はわかりません。

ですが、この時の俺に言えるのは、このたった二つのストレッサーで涙がにじみ出て、体が鉛のように動かなくなるほどきついものでした。

 

2.その気持ちになったのはなぜですか?

上のとおり。

 

3.今日の自分で褒めたいところはどこですか?

お母さんに不満をぶちまけて以降、すぐに自分がいなくなれば良いことに気づいて部屋に退避したこと。

怒りをぶちまけるよりはよっぽど良い。

今はそんなことはないですが、当時の俺は親の愛情というものを腹の底から疑ってかかっていたので、どうせ俺が悪いんだ、俺が消えれば満足なんだと部屋に閉じこもり、食欲がないことも手伝って、ずっと固まっていました。

言っても仕方のない文句を言い続けて相手を不快にさせるより、なるべく自分がいない環境を作ってあげようという、その時なりの配慮のつもりでした。


ついでに言うと、自分にはガイドたちもついている。
できるかわからないけど、後で入って見よう。

ちょっと説明が必要ですが、ここで言うガイドと入ってみようという言葉は、ある作品で身に着けた技術が関係しています。

まずガイドというのがこちらの作品です。

 

魔法使い入門 ~ホントの魔法を覚えちゃおう!~ 第四巻: あなたに寄り添う頼れる存在 師匠で親友? 高次存在『ガイド』を呼び出してみよう! 魔法使い入門 ~ホントの魔法を覚えちゃおう!~ 第四巻: あなたに寄り添う頼れる存在 師匠で親友? 高次存在『ガイド』を呼び出してみよう!

 ※この体験版音声、最初にキャラクターの絶叫が入っていますので、もし聞くのであれば音量を低めにすることをお勧めします。

 

あとこの音声、このガイドの技法を学ぶ前に前提条件がありますが、上記の作品が4作品目で、前3作品はベーシックパックと称してまとめ買いができます。

魔法使い入門ベーシックパック(魔法使い入門1~3巻セット) 魔法使い入門ベーシックパック(魔法使い入門1~3巻セット)

 ダイレクトマーケティングかよと思うかもしれませんし、見た目も一部の方向けですが、知識自体は万人向けです。

むしろ全人類に知れわたるべき知恵だと本気で思っていますが、それは今は置いておきましょう。

それと、できるかわからないけど後で入ってみようというのが、こちらの作品で身に着けた技術で作った、妄想上の空間のことです。

魔法使い入門2 -ANGEL BLESS- 第2巻 心の聖域 -ハートサンクチュアリ- 魔法使い入門2 -ANGEL BLESS- 第2巻 心の聖域 -ハートサンクチュアリ-

 

これらの技術は、一年前より前の俺から現在の俺に至るまで、比喩ではなく本当に星の数ほど、どん底に落ち込んだ精神状態を整えさせてくれた技術です。

そもそもこのブログを始めた理由にも、この作品を紹介するという目的が含まれていました。

人というのは、自分が助けられたり希望を与えてもらったりしたものを人に勧めたがる生き物だと思っています。

昔の俺もそういう状態だったのでしょう。

このガイドたちによる救済は、この後の日記にも時折登場すると思います。

ただ、日記に書いてある彼らのことは、もっぱら交流のことなので端折らせてもらうこともあるかもしれません。


あと、気持ちの整理には分に起こすと良いと聞いたことがあったが、案外自分に一番合っているかもしれない。
これからも続けていこうと思う。
ここは素直に自分を褒められるところだと思う。

この時にはすでに日記の効果を認め始めています。

俺が日記をつけて、初めて救われた瞬間だったと記憶しています。

あと箇条書きだったのが普通の文章に変わっていますが、ここらあたりから、日記っていうのは箇条書きじゃないと書けない、という縛りが消えたのだと思います。


見返しをしていて気づいたことがある。
感情を書き起こすのは、形として残る日記に書くのが一番いい。
簡単に消せるメモだと、読み返したときの感動が薄れるようだ。
見せる見せないは抜きにして、日記という形に残るものに書くという行為そのものが、ストレスの発散に繋がっているのかもしれない。

感動が薄れるかどうかはさておいて、この時に初めて明確に、自分の過去が形あるものとして残るという意義に気づいたのだと思います。


昔、アニメや漫画でキャラクターが日記にその日に起こった嫌な出来事や愚痴を書いているのを見てちょっと異常かと思ったが、全くそんなことはなかった。
やってみて初めて納得した。
これは人にもお勧めできるだろう。
ちょっと元気が出てきた。
文に起こすと頭がスッとする。

ここで日記は終わりでした。

 

怒りや不満を隠すのは、確かに社会に出たら美徳として見られるかもしれませんが、その陰に隠れて、そういった負の面をぶちまけて心のデトックスをする方法については、あまり考えられてこなかったのかもしれません。

俺が日記のことを知れて、またそれが実行可能なスキルであるタイピングを身に着けていて、かつそれをこの時期に見つけられたというのは、天啓というものだったのかもしれません。

 

今や一年間書き続けて、日記に対して感謝を抱かない週はありません。

 

それでは今回はこの辺で。