去年の11月30日、初めての脳の筋肉痛。
8日目の過去の日記です。
この日は一応水色の「前向き」だったのですが前々日、11月28日の脳トレで脳を使いすぎて完全にグロッキー状態に陥っていたため、日記を書く余裕がなかったのか一日飛ばしてしまいました。
1.何があったのですか?
昨日の文をちょっと書いておく。
あまりにも脳を使いすぎて9時までもたなかった。
電機はついているしズボンのチャックも外さず寝てしまった。
でもいい夢が見れたしよく眠れたし、原因も分かったから後悔はしていない。
この日が初だったんですね、脳の筋肉痛。
もたなかった、というのはたぶん眠気のことだと思います。
疲れていたために日記を書く余裕もなく眠ってしまったと。
そもそも脳の筋肉痛とは何ぞやと感じですが、簡単に言えば使いすぎて疲れただけです。
しかし使った能力で、この脳の筋肉痛になる前と後では、明らかに結果に差があったことを考えると、筋肉痛という解釈も間違いではないのではないかと今でも思っています。
確かこのころはまだ前頭葉の訓練だったかな。
前日にも紹介した、気に入ったブログ記事を読み上げソフトで音声化+高速化したものをウォークマンでさらに加速して聞きながら一桁の計算を解き続けるというものです。
最近はやっていませんが、また初めて見るのも一興かもしれません。
ちなみにズボンのチャックを外すというのは個人的な良質な睡眠をとるための技みたいなものです。
一応過去の記事のリンクを貼っておきますね。
2.その気持ちになったのはなぜですか?
脳の使い過ぎ。
質問に答えているようで応えていませんが、気持ちが前向きであるという事はこのグロッキー状態が治ったら自分はもっと成長できると確信していたからでしょう。
そもそも使いすぎて能力が下がるなら、秀才なんて言葉はこの世に生まれていませんもんね。
努力があるから結果がある。
今でもそう信じています。
まあこの努力というのにも、個人的に一般的な意味ではない解釈を持っていますが。
社会には、「努力ができる才能」という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、本人はその努力を努力だと思っていないことが多いと思います。
たとえば俺はマンガがこの世で最も大好きで、たとえ天地がひっくり返ったとしても、俺がマンガ好きという意識は変わらないと思います。
なので俺は、親に家が傾くからもう買うなと言われるほど大量のマンガを読んできました。
しかし、一般的にマンガに限らず本を読むというのはとても頭を使う行為です。
とりわけ想像力を非常に多く使う行為です。
こんな無茶苦茶に疲れる行為を、マンガや本が嫌いな人が俺と同じだけ読めるかと言えば、断言はしたくないですが、おそらく無理ではないかと思います。
つまり俺は「好き・趣味」の名のもとに、マンガ嫌いの人にはなしえないすさまじい努力を重ねてこれたのです。
この「趣味」というものについては、もう少し突っ込んだ解釈を持っているのですが、ちょっとスピリチュアル的な解釈が混じるのでまたいずれの機会に。
3.明日の小さな目標は?
適度に脳を使う。
これについてはどうなんでしょうねえ。
確かに適度に使って脳が成長できるというならそれが理想なのでしょうが、あいにくながら個人的な研究では、適度に脳を使った場合どのくらい脳の処理能力が向上するのか、そこまで細かい違いは判別できません。
脳専門の研究機関さんの持ってる、やたらすごい電線のお化けみたいな装置をつければ何とか調べられるのでしょうか。
なので今まで、限界まで脳を使ってグロッキーになってというのを繰り返してきたのですが、俺のような時間に余裕のある状態でこそできる方法だとは思うので、何とか仕事をしながら脳を効率よく強化できるいい方法を見つけ出したいものです。
それでは今回はこの辺で。